ある方の亡くなった友人に関するウィリアム・レーネンのメッセージ

☆2021年2月のウィリアム・レーネンのウェブカメラよる個人セッション(日本国内ならご自宅からも受けられます)のお申込み

☆2021年2月6日に開催されるウィリアム・レーネンのMeet上であらゆるご質問にお答えします(10名のみ)約2時間(日本にいる方のみです)のお申し込み

Q: 過去、個人セッションを受けたときに、友人に直感に従うように、これからもっとやることがあるよというメッセージを友人に伝えてと言われたんですが、昨年、この人は亡くなりました。この人に伝えるようにそのメッセージを伝えるように私のオーラにそれが出ていたのでしょうか?

A: まず、私はあなたの質問の意味がわかりませんが、私がこれをあなたの友人に伝えてと言ったこと、それが何であれ、それはその友人が生きていようが、死んでいようがどうでもよかったことであり、なぜ、この友人が死んだか、そんなことはどうでもいいのです。みなさん、すべてはエネルギーであり、それは光になる可能性もあります。この友人、メッセージを受け取り、直感を生きる、つまり光を生きるのではなく恐怖、心配を生きたと思います。それが闇を創造し、病気を悪化させたのでしょう。みなさん、理解してください。光はあり方、生き方です。光ですと光を外見で示すものではないのです。私は光ですと言い、光が放たれるのではなく、生き方で光は創造されます。人、動物のために役立つことをするとかです。

もうこの友人は生きていない。どうでもいいことなのです。もう、問題でも何でもないのです。スピリットの世界にいて、この友人はより大きくは理解しています。光を生きる、そのためには毎日の行動が必要であり、この友人は「私はいい人である」と毎日、毎日、スピリットの世界で言っていますが、自分の中では今も自分を裁き、こうすることで何が得られるかということにしがみついています。だから、光を強く創造することができないのです。

あなたの場合、これからもなぜ、どうやってこの女性は死んだか、なぜ私がこの人に伝えてと言ったか、そこにしがみ続ける、そうすると、この友人が光を向こうの世界で実現することを足止めしてしまうのです。

みなさん、誰かが死ぬ、いずれみなさんも死にます。それはそれでいいのです。しかし、3日間は悲しんでもいいと思いますが、それを超えたらもう自分の人生を生きることに戻るのです。そうしないと、もう終わったこと、死んだ人、そういうことにいつまでもこだわる、この地球にはびこるネガティブな蜘蛛の巣のようなウェブに自らも、死んだ人たちも引っかかったままになるのです。

それぞれが、責任があるのは自分にだけです。人に愛、励ましを与えることはできますが、選択ができるのは自分に対してだけなのです。人のことはどうでもいいのです。人が生きようが死のうが何をしようがどうでもいいのです。

自分以外の誰かに光をもたらすことはできないのです。光、喜び、愛を生きられるかどうか、それぞれの選択であり、生き方であり、誰かがそれを代わりにもたらしてあげることはできないのです。今、これまでこうだった、ああだった、なぜこうなったのか、そういうものすべてを手放し、スピリットの世界の光、喜びをそれぞれが生きるのです。自分で光を創造するのです。本当にどうでもいいこと、自らの意思で手放すのです。

私は、この人生たくさんの肉体の問題があったけれども前に進む、私はそれを悪いと裁きはしないのです。今こうなら、今あるものを最大限に使って楽しもう、生きようと進んでいます。死んだ友人に「今新しい人生、生き方が始まったんだよ、私はあなたのいる世界の一部じゃないし、あなたの新しい世界を楽しんでね。私はあなたを心配していない」とだけ伝えるのです。そして、離れるのです。スピリットの世界の成長の邪魔をしないことです。その人がどうだった、こうだったとしがみつかないでください。

あなたは、まだ創造されてもいない自分の未来を心配しています。ポイント、あなたの未来、今の時点で創造されていません。心配して生きる、あなた自身がスピリットティーチャーが与える愛と光を無駄にするのです。今を生き、何が起きても私は自分で生きていけることを忘れないことが大切です。

私も含め、みなさん、過去の現実をベースに未来を創造しようと思っているのです。予期しないものをベースに未来を創造する時代なのです。それに適応するために五感、フィーリングが重要なのです。なぜこの人にこんなことが起きるのか、この人はなぜこうなのかなんて人にたずねる必要ないのです。自分以外の家族、友人、同僚、自分以外の人たちすべてのことを心配する、考える、あなたの魂と何の関係もないし、エゴなのです。