ストレスに思うことに行動するなんてできない

私は、自分にとってストレスだなってことはもう考えたり悩んだりしません。ストレスに思うことに行動するなんてできないし。たとえば、老後のために何とかしておかなくちゃなんて、老後ってことを若いうちから考えていたなら、貯金、投資、年金とかを一番に考えた選択をすべてにおいてしてきたと思いますが、これらは私の選択の要因にすらなりませんでした。元々、老後を優先した人生じゃなかったし、老後があるかもわからないし、老後にどうする?老後はどうなる?なんて考えてもストレスだし、そのために何か行動をするなんて私にはできません。。

先日、テレビで万引きをした80の高齢者がどうして万引きしたのか?と詰問されると、未来が不安だからと回答してました。80超えて未来を心配するんだと驚きました。50代の私が老後、未来を心配しても、80まで生きたらまだ30年も同じことを心配するんだと考えたらばかばかしくなりました。

自分にとってストレスになるアイディアに苦しむ必要なんてないと思います。アイディアはあくまでも思考の話であって、その思考ですら自分のものではなく誰か、社会の物であることの方が大きいし。今、ネット上やSNSで多くの話がアップされています。備蓄!次に安心できる資産はこれ!真実はこれだ!と言っている人たちも結局はアクセス数を稼ぎたい、つまりお金にしたいという動機がベースにあるんだろうなと思うと、地球が生き残らなければどうでもいい話にしかならないし、真剣に聞きません。真実が、宇宙が、本当にどうでもよく、死というゴールまで後悔がなければそれでよしです。

どうせ最後は死にます。自分にとってストレスになるようなものに苦しめられたり、煽られたりせず、生きるためにお金が必要なら働きますが。貯金、投資、年金とかを安定のために一番に信頼するってことは、老後、未来に自分なんて信頼できない存在だって言っているのと何ら変わらない気がしますし、もし、そういうものが世界的な何かでなくなってしまった場合は何を頼りにするのでしょう。

3.11の時に食べ物が売っていなく、水も並ばないと買えないのを見た時、私はここまでして生きるのは無理だな、ないならないでいいやという自分の反応に、最悪が起きても私はじたばたさえしない、死ぬのをあっさり受け入れるのだなと思いました。これこそ、何が起きても私は私を信頼できるという私なりの支えだし、強さです。最悪を迎えたら、私はそれを受け入れじたばたさえしない人間なんだから、あるかないかさえわからない老後、未来のこととか、もっともっと持たなきゃとか、自分にとってストレスになることを考える必要なんて全くないというのが最近の結論です。

自分がわからない、どうしていいのかわからないなら、あなたはこう言っているというみゆきさんのヘルプを受けてください。そのために存在している人です。誰も完璧じゃないし、上がったり下がったり、右に行ったり左に行ったり、そんなものだし、完璧で間違いがないなんて幻想です。今、誰も未来はこうだなんて断言できないし、今、過去に繰り返されたサイクルもないし、あらゆることが未知だから未知なことも起きるはずです。だからこそ、みゆきさんに自分を見てもらうことが私は大事だと思います。お金、成功とか、そういうものを実現したいなら努力で頑張ればいいし、自分との関係を平和で穏やかにして死というゴールにたどり着きたいなら、自分の真実の声を聞き、それに合わせていけばいいんじゃないでしょうか。私は、後者を選択します。

伊藤仁彦