頭の上からスーっと気の流れが入り込んでいるんだけど、身体の途中でギュッと詰まった感じになってすんなり足まで通り抜けない人の姿が浮かび上がっています。はっきりと見えている訳ではありませんが表情から明るさが消え気持ちがスッキリしないんだろうなという印象を受けます。
これは明らかに、現実または現状の一部分に対して馴染めないとか受け入れられないという本人の拒絶の意思が現れているものだと考えられます。本人にとってそういう状況は心地よくないですよね。目をつぶって辛抱しなきゃならない場面なのかもしれないけど、本人の身体ははっきりと嫌がっているんですから。
こういう時って一体どうすればいいのでしょう。答えは二つに分かれます。納得出来なかっても無理やり納得して現実を受け入れるか、納得のいかないことに対してはキッパリ拒絶して自分らしさを貫くのかのいずれかです。
身体が嫌がっているのなら問答無用で拒絶したいのは山々ですが、若いみなさんにとっては、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍ばなければならない時があるんです。そうしなきゃ現実の流れが中断し生き辛くなってしまうからです。もし「仕方ない。現実を受け入れよう」と納得できたなら歯を食いしばって辛抱して下さい。
しかし私のような高齢者は話が別です。老い先が短いのにこの期に及んで自分の身体が嫌がっていることまで耐え忍んで生きる意味などもうありません。今まで散々辛抱して来たんです。誰にどう思われようとも構わない。他人の目など気にせず自分に正直に生きる姿勢を貫けばいいのです。